エネルギーへの無関心はどのように変化したのか

藤野電力

電気を作る仕組みへの無関心
2011年の東日本大震災、その後の原発事故によって、日本のエネルギー政策(特に原子力政策)の大きな「闇」が明るみに出されました。

そもそも、発電方法というのは概要は単純なもので、何かしらのやり方で蒸気を作り、それでタービンを回すというもの。その「何かしら」が水力であったり、石炭・石油・天然ガスといった火力であったり、あるいはウランの核分裂反応(原子力)であったりするだけの違いです。

しかし、私自身もそうなのですが、発電については他人ごとというか、「誰かが何とかしてくれる」という感覚が強かったように思います。それでも自分の生活の基盤を脅かすようなトラブルは起こらないでしょ・・・そんな無関心と楽観が、特にエネルギー政策に対する私たち一般市民には確かにありました。

原発事故は私たちに何を気づかせたのか
結局、原発事故の後も国単位では脱原発、自然エネルギーへの転換などという話は広まりませんでした。原発再稼働の件はしばしば「経済界の働きかけ」と言われますが、他にも「脱原発」の声に感じる政治的な胡散臭さを嫌がる国民の感覚があったように思います。

声高に「反対」を唱えても現実は変わらない、現実を変えるには「自分」こそが何かしないといけない。原発事故とその後のエネルギー政策の流れが私たちに気づかせたのは、こういった意識だったのではないか。

原発事故から5年以上が経った今、改めてこういったことを感じています。

「藤野電力」というモデルケース
考えるだけでなく、実際にエネルギーに携わってきた市民グループもあるようです。例えば、神奈川県相模原市(旧藤野町)にある「藤野電力」というグループでは、小さな太陽光発電システムを組み立てるワークショップを2016年5月現在で200回以上にわたって開催しています。

ソーラーパネルの発電量は最大一時間当たり50Wということですから、これはノートパソコンを一時間使える程度の発電量でしかありません。日常生活に使用することは非常に難しいですね。

しかし、電力に対する不安感を実践につなげている人たちがいるというのは、少しながら勇気づけられるような話ではあります。「自分たちに何ができるか考えよう」というのは、学校のホームルームの結論のように手あかのついたフレーズではありますが、本当にその意味をかみしめて生きていく姿勢が、私たちには求められているように思うのです。

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