農家にほとんど選択の余地はなかった

農家にほとんど選択の余地はなかった

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自然をベースとする食品が本来のかたちとは違ってしまっていることを説明するとき、もとのありようを説明することから始めなければならなかったのです。私たちは栄養が少なくなり安全性も危ぶまれるような野菜から、発行を行わない発酵食品まで、なんだかニセモノのようなたくさんの食品に囲まれ、日々これを口にしています。

その原因にはさまざまな要素が絡み合っています。敗戦による貧困と復活への執念、科学技術の発展による化学物質の登場、石油化学産業の発展、国の思惑、農家と農協との関係、外交問題…

けれども、ほとんどの人々がその時点ではよかれと思ってやったのか、せざるを得ない状況に追い込まれてやったことなのです。

農家の仕事をラクにすることができるとか、品質を安定させることができるとか、技術開発はたいていは困難な部分を解消して、社会に貢献するためのものでした。洗濯機や炊飯ジャーが普及し、家事をラクにしてくれたのと同じことです。

化学肥料・農薬の使用については、農家のところまで話がきた時点では、農家にはほとんど選択の余地はなかったのです。他産業を育てるために化学肥料の普及を強力に推進したのは国も政策なのです。さらに消費者からは安くて同じ品質のものが1年中店頭に並ぶよう求められ、他産業と同じ市場経済という土俵に引き入れられ、生産効率を求められた農家は化学肥料・農薬の使用について責められる筋合いではありません。

しかし、方向が間違っていたことはもう明らかなのです。

本当は地球がかつて地下深くに閉じ込めた石油を人間が掘り出したところに間違いの源を求めたいところですが、私たちの生活はもう石油なしでは成り立ちません。であれば、身体に入れる石油化学物質をできるかぎり減らしていく必要があります。それだって、並大抵のことではありません。「無添加」と謳われている食品にすら、化学肥料による残留化学物質が含まれていることが多いのですから。

野菜をはじめ、さまざまなものが壊れ、私たち人間の身体も壊れる寸前まできているかもしれませんが、今ならまだ修復は可能だと信じています。ただ、時間はたくさん残されているわけではないことはお分かりいただけると思います。誰かのせいにするのではなく、今自分ができることを考え、1人でも多くの人が行動する。それが大事だと思います。

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